マスチック樹脂

概要

別称:乳香、英語表記:Mastic resin。

ウルシ科のカイノキ属、ピスタシア・レンティスカス Pistacia lentiscus の樹脂。ピスタシア・レンティスカスの木は常緑、雄雌異株であり、樹脂は雄株のものがよいという。地中海全般に分布するようだが、マスチック樹脂が生産されるのはキオス島、しかも島の東南の角、Pistacia lentiscus Var. chiaが生い茂る箇所に限定されるそうだ。他の場所で採取されたものは、しっかり育った木から得たものでも質は劣るとのことである。「乳香」とも呼ばれることがあるが、そのように書かれてしまうと、フランキンセンスのことか、マスチックのことかわからない。生産地が限定されていて、木もあまり大きくはないゆえか、ダンマルに比べてかなり高価である。日本の画材店ではサンプル品のような小瓶が、千円以上することもある。東南アジアで採取されるダンマル樹脂は19世紀から使用され始めたので、それまで西洋絵画の歴史的には、古くから使用されていたのはマスチックであろう。使用法は、ほぼダンマル樹脂に準ずる。マスチックはテレピン、ペトロールに溶解するが、アルコールには溶解しない。湿気の多い環境ではブルーミング(白濁現象)が起こりやすいと言われる。そのため、日本の環境では向いていないと言われるが、それなりに湿度に気をつければ問題ない。ダンマル同様、マスチックを単体で使用した皮膜は脆いので、保護ニスやルツーセとして使う。ダンマルとの大きな違いは、画用液の成分として使用した場合であろう。マスチックニスは乾性油と混ぜるとチキソトロピーという性質を持つことがある。一見ゲル状に見えるが、筆で触ると液状になるのである。この性質は油彩画の細密な描写の際に大いに役立つと言われている。その性質を極めたのがメギルプであるいえるかもしれない。特にブラックオイルとマスチックの組み合わせはその傾向が強いように思われるが、普通の乾性油に混ぜてもゲル状になることがある。スタック法鉛白や、手練り絵具、そしてマスチック入りの画用液があれば人によっては最良の組み合わせといえるかもしれない。

上図がマスチック樹脂の写真だが、これは採取後かなりの年月が経過している。新鮮なマスチックを購入すると、真っ白くやや不透明な概観である。やがて徐々に黄ばんでゆき、このような黄色い樹脂になってしまう。日本の画材展で買えるのはこのような色の樹脂がほとんどであろう。海外から直接購入すると新鮮な色の樹脂が手に入ることがある。ただしニス用途では、古くなっても構わないと考えている。

マスチックの木

Pistacia lentiscus はなぜか日本のネットショップで苗木が売られており、私も2本買って鉢に植えている。カイノキ属の中でも湿度に強いと商品説明にあった。しかし屋外に地植えすると、東北地方では冬に枯れてしまう。鉢植えにし、軒下に置いても枯れた。そこで冬は鉢を室内で越冬させている。その為、大きな木にはできそうにない。下の写真は2023年現在の様子である。樹皮に傷を付けてもまだ樹脂を出すまでには至ってない。

“Plant Rsins”によれば、5年目の若い木でも若干の樹脂を出し、10年で倍に、その後は50~60年かけて樹脂の量が増えてゆくということだ。先にも述べたとおり、キオス島東南のPistacia lentiscus Var. chiaでなければ良い質のマスチックが生産できないとのことである。しかし保護戦略的な文言である部分も多少はあるかもしれない。自家でマスチック樹脂が採れる可能性を考えてみたい。Pistacia lentiscus は雄雌異株であり、良質の樹脂は雄株から得られるというので、雄株を購入することが大事である。それから、日本の土壌は酸性に傾きがちなので、石灰等でpH調整するといいと思われる。地中海の土壌は日本の土壌に比べれば栄養不足であろうから、肥料は堆肥は与えすぎない方がいいかもしれない。

画用液として

マスチックはテレピン精油に溶けるので、ダンマルと同じように精油のニスを作ることができる。「ダンマルワニスの作り方」参照。ダンマルとの違いは、前述のように、乾性油と混ぜるとゼリー状のメディウムになる点であろう。特にブラックオイルと混ぜると色の濃いゲル状メディウムができる。これは「メギルプ」と呼ばれるものであろうと思う。「メギルプ」も曖昧な用語なので、何がメギルプかはまた問題があるのだが。「メギルプの作り方」参照。

メギルプの簡単な試作と、メギルプの由来については以下の動画も参照のこと。

メギルプはチキソトロピー性と乾燥の速さにおいて、描画時には強力であるが、長い目で見て保存性がいいかどうかはよくわからない。そこまでゼリー状になったり、速く乾いたりする必要がなければ、通常の乾性油に若干のマスチックワニスを加えるくらいが丁度良いと考える。私は乾性油に熱でマスチック樹脂を溶かし込んで使っている。これは顔料を練るときに展色材にもしているが、絵具自体がこころなしかチキソトロピー性を帯びる。特に自製したスタック法鉛白で練ると理想のホワイト絵具になる。

その他

マスチックは現地ではガムのように噛まれているという。固形のマスチック樹脂は最初は砂のようにじゃりじゃりするが、噛んでいるうちにガムのようになる。この感触は他の似たような樹脂をマスチックを見分けるヒントにもなるだろう。樹脂を見分けるのに、噛むというのは定番の手段のひとつである。

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