半油性地塗り

「半油性地」は、吸収性地と、非吸収性地の中間の性質を持つ、折衷的地塗りである(各地塗りの性質の違いについては「地塗り概要」を参照)。本項では、乾性油と膠のエマルションによって、半油性地を作る手順を紹介する。「エマルション(乳濁液)」とは、ある液体の中に他の液体(水と油のように通常は混じり合わないもの)が小さな粒として分散している溶液を指す。身近なものでは、牛乳、黄卵、バター、マヨネーズがエマルションである。本項では膠液の中に乾性油が分散する塗料となる。半油性地は、市販の格安キャンバスで一般的なアクリルエマルション地と質感が近いので、初心者にも扱い易い。ある程度の油分を含むので、主に油彩のための地塗りであるが、油分の調節次第でテンペラ-油彩併用技法に使用できる可能性もある。アクリル絵具を使用するのは避けておいた方がよい。

■道具類
カセットコンロ等の加熱器具、鍋、ビーカー2~3個、刷毛、ウエス、ハンドミキサー。

■材料
以下の処方を参考に材料を用意する。

材料名
膠液1.5150g
体質顔料:天然白亜(ムードン)1.5150g
白顔料:チタン白0.550g
油分:サンシックンドリンシード油0.4~0.550g
0.550g

白亜(炭酸カルシウム)は画材店で購入できる。国内製品はムードンという名称で売られており、下地用と仕上げ用に別れている。下地用は安価だが、仕上げ用の方が白い。どちらを使用してもかまわないし、両者を混ぜて使用することもできるが、まずは下地用ムードンをお勧めする。インターネットを通じて、海外のサイトから白亜を購入することもできる。英語ではchalkやwhitingと呼ばれることが多く、海外まで入手先を広めると多彩なグレードの白亜を入手できる。なお、沈降性炭酸カルシウムまた軽質炭酸カルシウムと呼ばれるものは、本項の材料には適していない。膠は西洋絵画用に販売されている粉末状の兎膠を求めるのがよい。

顔料はダマが多いようであれば、ふるいにかけて崩しておく。膠液を必要量用意する。その方法は「膠(ニカワ)の使い方」を参照。

処方に従った量をビーカーに入れ、処方の顔料をゆっくりと投入する。焦って一気に入れてしまうと、気泡やダマを作る原因になる。膠液の中に顔料の小山が築かれていくのを見守り、そのまま2~3分ほど放置して、顔料と膠液が馴染んでゆくのを待つ。それから、ゆっくりとかき混ぜる。

いくぶん冷めたところで、鶏卵の黄身を1個加える。黄卵は天然のエマルジョンであり、膠と油のエマルジョン化を助ける。黄卵無しでも半油性地を作ることは可能だが、何かのきっかけで油が浮き出してきたりするような事態が起こりにくくなる。また、卵黄自体が立派な接着剤でもある。卵を割って黄身だけを取り出し、手のひらやキッチンペーパー上で転がすと、白味が取れる。黄卵表面の粘膜を破いて中身だけを塗料に加え、粘膜は捨てる。黄卵はかなり濃い色しているが、まんべんなくかき混ぜると気にならなくなる。

さらに塗料が冷めるのを待つ。ビーカーに触れてみて、塗料が充分ぬるくなったと感じたら乾性油を加える(塗料が熱いうちは、油を加えてもエマルジョン化し難い)。細い糸のように少しずつ乾性油を垂らし、同時に勢いよく撹拌する。乾性油は容器ごと重さを量って、そこから処方箋の分の重さがなくなるまで、塗料に加えていけば良い。ハンドミキサーを使って撹拌する。手で撹拌する場合はビーカーよりもステンレスボールの方がやりやすい。

最後に水を少量(処方を参照)加え、よく攪拌する。やはり塗布する際に濃度を調節したくなるものである。というのも、顔料によって粘度が変わるのである。顔料の粒が粗いと、同じ重さでも全体の総表面積が小さくなるので、粘度は高くならず、逆に細かい粒の白亜を多く使用した場合は高粘度になる。季節によっても膠液の動きが変わってくるので、的確な予想がしがたく、慣れないうちは最後に水を足して調節した方がよい。なお、熱いお湯を加えると油が浮き出してしまうから、夏は水、冬はぬるま湯を加える。

塗料ができたら、事前に準備しておいた支持体に塗布する。塗料は冷えるとゲル化するから、作業場の気温が低い場合は、ビーカーをお湯に浸けて一定の温度を保つ。しかし、熱いお湯に入れると、やはり油が分離するので、ほどほどの温度のお湯でなければならない。麻布に塗ると、布目にピンホールと呼ばれる穴ができることがある。その場合、指や手のひらを使って、塗料を押し込む。塗料は10~15分程度で触っても大丈夫なくらいに乾燥するので、刷毛を動かす方向を変えて、次の層を塗る。だいたい3~4層塗れば充分と思われる。キャンバスのように動きのある支持体は、厚い地塗りをするとひび割れの原因になるから、2~3層程度薄く塗るのが好ましい。仕上げに目の細かいサンドペーパーで表面を整える。軽く整える程度にするか、熱心に磨くかは人それぞれである。ただし、膠のみによる水性地に比べれば耐水性があるものの、無茶をするとやはり水に溶けるので、水を付けながら耐水ペーパーで磨くというようなことはできない。

この地塗りの主たる接着剤である膠液はすぐに乾燥するが、少量なりにも乾性油が含まれているので、念のため数ヶ月の乾燥期間をおいて使用するのがよかれと思う。また、油分が含まれているとはいえ、膠がバインダーの主体であるから、柔軟性はあまりない。キャンバスのような動きのある支持体に塗布した場合は、折り曲げたり、ロールにすると細かな亀裂が走る。多少の亀裂は元に戻せば見えなくなる。ロールにする場合は、太めの円筒にした方がよい。

本項の処方では白色顔料(チタン白)を少なめに設定したが、他の技法書では白顔料と体質顔料が半々ぐらいの割合であることが多い。半油性地の塗料は水性塗料と同じように扱うから、作業終了後の後かたづけで下水に流されることになる。油性塗料は冷蔵庫に保管して後日再利用という使い方はあまりよくないと思う。再加熱で油が分離しやすいし、黄卵なども入れているからである。

吸収性地のように油分を吸いすぎないので、地塗りの上にインプリマトーラ無しで直接絵具を置くことができる。もちろん、この地塗りにおいてもインプリマトーラは有効である。地塗りの処方より油分を減らしてゆくことで、テンペラ-油彩の併用技法、テンペラグラッサ技法、あるいはテンペラ技法に使用できる可能性がある。油分の調整に関しては、古典技法、特に油彩画の初期に行なわれたような古い技法を模した描き方をしたい場合は油分を減らし、時代が下るにつれて油分を増やすのが筋かと思う。

半油性地は水性地(白亜地)と比較するとカビが発生しにくいようである。以前、地塗りしたパネルをまとめて押し入れにしまっておいたところ、膠のみによる水性地にはかなりの頻度でカビが発生したが、半油性地は1枚も侵されなかった。また、水性地の表面に小さなダニのような虫が這い回っていてぞっとすることがあるが、半油性地はそういうこともあまりない。以上のようなわけで、日本の気候には単なる水性地よりは半油性地が適している可能性が考えられる。

参考文献

ホルベイン「ホルベイン専門家用顔料とその素材」
和蘭画房 志村正治作「基底材」ビデオ

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