天然ウルトラマリンの抽出(ミニマム版)

ラピスラズリは青以外にも方解石やパイライトなどを含んだ岩石であり、砕いただけでは灰色がかった青となる。その色でも使えないことはないが、より純度の高い鮮やかな青を得るには、青い部分を抽出しなければならない。抽出されたものをウルトラマリンと呼ぶ。本サイトでは、ラピスラズリを砕いただけのものを「ラピスラズリ顔料」、そこから抽出を経たものを「天然ウルトラマリン」と呼ぶことにする。ラピスラズリから青い部分だけを抽出する方法には様々なものがあるが、中世末期の画家であるチェンニーニによって残された絵画技法書に記載されている抽出方法が最も有名である。

チェンニーニ抽出は、「天然ウルトラマリンの抽出1」(平成十七年度共同研究報告) 金沢美術工芸大学紀要 50, 120-111, 2006-03-31という論文で、具体的な手順として整理されており、本ページも参考にしている。以下よりダウンロードできる。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004830201

このページでは、チェンニーニの抽出方法をとりあえず試してみるには、という目的で記述した。扱う材料の量も少量で済むようにしてある。

ラピスラズリの原石はミネラルショップや、ネットオークションなどで購入できる。磨いてあるものは染色されている可能性があるので、原石状のものを入手した方がよい。今回は抽出の体験をすることが目的なので、原石はいいものでなくてかわまない。

ハンマーで5mm以下に粉砕したあとは、乳鉢と乳棒で摺ってゆく。

大量に抽出する場合は、何らかの粉砕の工夫がいるが、今回は10g程度の粉末を用意すればよい。粉にしたら200~250メッシュ程度のフルイで濾しておく。その程度のフルイならば、ネットで安価に入手できる。※マイクロストレーナー(極細・100ミクロン)がお薦め。

この程度の量でも、乳鉢で摺るにはかなり時間がかかる。※ワークショップの場合は、粉砕機などである程度まで顔料化したものを用意しておくといい(でないと顔料化だけで終わってしまう)。

チェンニーニ法を一言で説明すると「松脂などの材料でつくったパテに顔料を入れ、熱い灰汁の中で練っていると、青い部分だけ外側に出て、器の中に溜まる」というものである。パテの材料は松脂、マスチック、蜜蝋である。

論文では、重量比にて下記の通りと書かれている。
 ラピスラズリ:4
 松脂(バルサム):2
 マスチック:1
 蜜蝋:1

ただし論文では松脂をロジンとして進めているが、これに関してはロジンではなくバルサムではないかという話を複数から聞いており、ここではその意見に従うことにした。松脂(バルサム)は、画材店でヴェネツィアテレピンの名で売っているが、よく観察するとメーカーによって粘度が異なる。おそらくは揮発油で調整されているのであろう。柔らかすぎるとパテにならないかもしれないし、高粘度過ぎると固くなってしまうかもしれないので、標準的な粘度のものを選ぶとよい。おそらく、この簡易抽出法がうまくゆくかの要であろうが、画像に写っている某社のものでよいと思う。それと、マスチック樹脂は高価だが、これはダンマル樹脂に置き換えても問題ない。

今回は、わかりやすく以下の重量をお薦めする。

 ラピスラズリ:4g
 松脂(バルサム):2g
 マスチック(またはダンマル):1g
 蜜蝋:1g

この量だと何回も抽出して、色の違いを観察するというまでにいかないので、そこまで見たい場合は、処方をかけ算すればよい。

以上の材料をステンレスボウルに入れて加熱する。

それほど高い熱は要らないので、保温トレイを使用した。ホットプレートなど使うと良いであろう。

全部混ぜてボール状にするとこんな感じになる。なお、ステンレスボウルに付着するなどして、若干重量が減ってしまった。粘度の高い状態でシリコン型(チョコレート用など)移して取るとよかったようである。チェンニーニによれば、パテは三日三晩は寝かせておくようにとあるが、1日で済ませたい場合はそのまま続行し、日を跨いで続きを行なう場合はここで区切るのがよい。

いよいよ灰汁の中でパテを揉む工程に入るが、灰汁は論文に従い、炭酸カリウムを使用する。1000ccの水に4gの炭酸カリウムを入れる。

温度は40℃強ではじめて、35℃前後になったところで、温め直しつつ、20~30分くらいを目安に捏ねる。数分で灰汁の温度が下がってくるので、熱い湯を入れた鍋に入れて、湯煎のような状態にし、ときどき温度を上げる。

私は素手でやっているが、アルカリ性の液体なので、肌が弱い人はビニル手袋をした方がよい。授業やワークショップなどで実行する場合も、受講者には手袋をさせた方がよいであろう。

実際にやってみると、20分揉んでも青い顔料が出てくる気配は感じられなかった。底の方にわずかに、青い顔料が溜まっているが、パテも白くなってしまい、もう既に青い顔料が無くなっているのかと心配になってくる。

すこし休憩したあと、別の器に新たな灰汁を入れて、捏ねはじめると、2回目はどんどん青い顔料が出て、底に溜まってゆくのがわかり、楽しい作業となる。この2回目に濃くなる現象がよくあるようである。

顔料を沈殿させたあと、上澄みを捨てた状態であるが、当初のラピスラズリ顔料と比べると、たいへん鮮やかな青となっている。

というわけで、ミニマムな材料、道具で試せるように記述した。何か工夫があればコメント頂けると幸いである。

※実はパテを作るときに、チェンニーニの記述でほとんどの人が見落としがちなある材料が書かれているというご指摘をプロの方から頂いたことがあるので、気になる人はもう一度チェンニーニ本文を読み返してみるとよい。

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