支持体と地塗り概要

このページでは、支持体、および地塗りの工程で必要な用語を解説する。

支持体 support
キャンバスや板、画用紙など、絵画を支える材料を「支持体」または「基底材」と呼ぶ。油絵なら木枠に張った画布(キャンバス)、テンペラ画には板、水彩画には画用紙などが支持体としてよく使用される。その他、建物の壁面、銅板などの金属、石やガラスなど、様々なものが支持体となりうる。水彩画のように、支持体である画用紙に直接絵具をのせるケースもあるが、多くの場合、後述する「目止め」や「地塗り」などの前処理が行なわれる。

前膠 size
例えば、油絵具の場合、紙や麻布、板などに直接絵具をのせると、絵具の油が支持体に吸い込まれ、染みになったり、油絵の特徴である艶や耐久性が減じ、さらに油の酸化によって紙や麻布の繊維を傷めてしまう。そのような事態を避けるため、膠液を塗布するなどして、支持体表面の目止めを行なう。この膠層のことを「前膠」「サイズ(size)」などと呼ぶ。目止めはさまざまな種類の糊で可能だが、伝統的には獣皮の膠が使われてきた。近年の市販キャンバスは、PVA(ポリビニールアルコール、ポバール)が使われている。

地塗り ground
獣皮の膠液は、不純物の為に多少の色味があるが、薄く塗布すればほとんど無色透明である。目止めとして板や麻布に塗ったところで支持体の色は変わらない。目止めだけでは板の木目や節の模様がそのまま露見しているし、その凹凸も筆運びの邪魔になる。できれば、白く平滑なキャンバスに描きたいと思うだろう。その為、白等の塗料で地塗りが施され、支持体表面の凹凸や色調が整えられる。地塗り塗料は、石膏やチョークを膠液で溶いたものだったり、油絵具の白だったりと様々な種類があり、また、必ずしも白とは限らない。地塗りの違いは絵の描き方、仕上がり、保存状態に影響する。

支持体と前膠、地塗りの上下関係は上の図のようになる。画材店で売っている市販のキャンバスは、このような絶縁層や地塗りの処理がされている。油彩、水彩、テンペラなど、それぞれの技法に適した支持体があり、適切なものを選ぶことは、絵画の保存性などにとって重要である。あるいは逆に、支持体が画家に与えられた場合は、それに適した技法を選択するのが筋とも言える。材料や技法の選択は画家の表現に関わる部分なので、完全に自由であるべきだと言う人もいるが、闇雲に組み合わせると発色も保存性も著しく損ないかねない。とはいえ、目止め処理や地塗りの役割を理解していれば、ある程度の融通は効くようになる。例えば紙に油絵具で描写するような、一見間違っているかと思われそうな組み合わせも、膠などできちんと目止め処理をすれば充分可能となり、実際に良好な保存状態で時を経ている作品が多く存在する。

地塗り

地塗りは、吸収性のあるもの、吸収性のないもの、中くらいの吸収性のものに分けることができる。それぞれに適した絵具、技法、材料がある。例えば、非吸収性の地塗りである油性地にアクリル絵具を塗ると、喰い付きが悪く剥離の危険がある等々。地塗りと技法、絵具の関係を表わしたのが下図。

地塗りの性質と、絵画技法の関係
地塗り材料テンペラ油彩技法テンペラ油彩
併用技法
アクリル絵具
水性の地塗り
(吸収性)
石膏 + 膠 ◎ ◎ ◎ ◎
エマルジョン地
(半吸収性)
白亜 + 膠 + 乾性油 △ ◎ ○ △
油性の地塗り
(非吸収性)
鉛白 + 乾性油 × ◎ × ×
アクリル地
(半吸収性)
顔料+アクリルエマルジョン ◎ ◎ ◎ ◎

吸収性の地(水性地)

チョーク(白亜)や石膏などの白い顔料と、膠液など水性の媒材を使った地塗りであり、テンペラ画、油彩画、テンペラと油彩の併用技法など、多くの技法に使用できる。吸収性が高く、どのような絵具もしっかりと接着する。歴史的には中世のテンペラ絵画の頃から既に使用されていた地塗りで、油彩技法が登場した後も長い間、吸収性の地塗りが主流だった。顔料に白亜(炭酸カルシウム)を使用したものを「白亜地」、石膏を使用したものを「石膏地」と呼んだりする。イコン画など、背景に金箔を貼って磨くための非常に平滑な地塗りと、その他の技法に用いる比較的ラフな地塗りでは、作り方が大きく異なる。前者には石膏を、後者には白亜を使用することが多い。本サイトでは白亜を使用した地塗りの作成方法を「白亜地の作り方」で紹介している。石膏地はジェッソと呼ばれたが、現在は地塗り塗料全般をジェッソと呼ぶことが多い(アクリル・ジェッソ等)。石膏と白亜の違いは、なによりもまず地域的な差であり、北ヨーロッパには白亜の地層が多く、イタリアには石膏の地層が多いことから、北方では白亜が、イタリアでは石膏が使われた。厳密には地塗りの堅さが異なるとされ、金箔を貼って磨く作業には石膏地の方が向いているとされる。現地では極めて安価な材料だが、日本では輸入に関わるコストなどにより、それほど割安感はない。

この吸収性の高い地塗り層に直接、油絵具を塗ると、絵具中の油を極端に吸い込んでしまって油絵独特の艶が失われる。油は顔料を定着させる接着剤であるから、これがほとんど地に吸われてしまうと、絵の耐久性が損なわれる。そのため、まず地塗り上に、膠液や樹脂ワニス、乾性油などを薄く塗って吸収性を調節する。これを「インプリマトーラ」と呼ぶ。薄く色を付けたインプリマトーラを塗ると、吸収性の調節と同時に画面全体の色調を整えることができる。吸収性の地に適切な手順で描いた油彩画はとても保存状態がよい。それは15世紀の作品が証明している。しかし印象派以降、画面の艶消し効果を求めて吸収性の地を利用するケースが増え、絵画層の油が不足することにより、著しく耐久性を損なうことがある。吸収性のキャンバスは普通の画材店で見かけることはないが、専門の画材店では「アブソルバンキャンバス」という名で売っている。膠による地塗りは、油性地と比較して柔軟性に欠けるので、キャンバスの折り込み部分、あるはロールしたときに全体に細かなひび割れが見えることがあるが、それはある程度、仕方のないものである。

半吸収性の地(エマルジョン地)

油性媒材と水性媒質の乳濁液で、半吸収性(半油性)の地塗りを作ることができる。「乳濁」とは、ある液体の中に別の液体(水と油のように混じり合わないもの)が分散している状態で、この場合、膠液などの水性媒材に、乾性油が分散していることになる。水性地と油性地の中間の性質を持つ。油分を加減することで、吸収性の調節が可能。この地塗りは、油彩技法や、テンペラと油彩の併用技法に適している。ほどよい吸収性を持ち、絵具の喰い付きもよく、バランスの取れた地塗りと言える。単なる白亜地と比較して、湿気の多い時期にも黴が発生しにくい。作成方法は「半油性地の作り方」で紹介している。


非吸収性の地(油性地)

鉛白などの顔料と乾性油を練り合わせた地塗り。膠引きした画布に油絵具のホワイトを塗ったようなものであるが、通常のホワイトがポピー油等、黄変の少ない油を使用しているのに対し、油性地用のホワイトは乾燥が速く丈夫な皮膜を形成するリンシードオイルが使われている。その為、他の地塗りと比べてやや黄色みがかって見える。特に暗所に置いてあるものは強く黄変していることがあるが、光に当てると元の色に戻る。この黄変を製品不良だと思ってクレームを入れる人が後を絶たないようであるが、むしろ丈夫さの証であると言える。油性地は油彩技法のための地塗りであり、水彩絵具やアクリル絵具を使用すると、絵具の食いつきが悪くて剥離する危険が高い。油性地は乾燥した後も数年の間は柔軟性を持ち、キャンバスのような動きのある支持体に向いている。市販キャンバスにおいては「油性キャンバス」の名称が一般的だが、キャンバスではなく地塗りが油性なのだから、「油性地キャンバス」と表記すべきという意見もある。店頭では「油絵専用」という表記のみの場合もある。油性地は絵具の油分をあまり吸い込まないので、油絵具特有の艶を引き出す。絵を描く作業時間も短くなる傾向がある。鉛白と乾性油による油性地をセリューズ地と呼ぶ。油性地の作成方法は「油性地」を参照。


アクリルエマルション地

現在、市販のキャンバスで最も普及しているのがアクリルエマルションの地塗りである。格安キャンバスのほとんどがアクリルエマルジョン地だと思って良い。これは半吸収性地の仲間と言える。アクリル絵具と油絵具の両方に使用できる。市販の「アクリルジェッソ」を使用すれば、板などのパネルに簡単にアクリルエマルション地を作ることができる。なんでもかんでもアクリルジェッソを塗ってしまう人がいるが、油絵や油性地の上にアクリルジェッソを塗ると、剥離する危険が大きい。一見、うまく接着しているように見えても、キャンバスに動きが加わっただけで、剥がれてくることが多い。逆にアクリル絵具や、アクリルジェッソ上に油絵具を塗ることは問題ないとされている(100年以上経過してどうなるかという事例があるわけではないが)。画材店では、「アクリル/油絵両用キャンバス」と表記されていることが多い。アクリルエマルジョンキャンバスと油性キャンバスは、慣れれば見た目でなんとなく判別できる。あるいは臭いで判ることもある

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